月夜見
 “新緑 鮮やか”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
今年は桜がなかなか咲かぬ、
いつまでも寒空だよねぇという始まり方をした春が。
ああごめんごめんと言いたいものか、
ぐぐんと急な初夏のような日和を連れて来たり。
そうかと思や、
この時期だってのに足袋が要るような、
足元からの寒さが頻繁に戻って来たりと。
相変わらずに落ち着きのないままに、
気がつけば葉桜の時期も終わって、
新緑のしたたるような瑞々しさも目に麗しい、
山辺のみならず町なかでも、
若葉の萌える頃合いとなっており。
何日かほど続けざまに
小汗をかくほどのいい陽気が続いたもんだから、
そんな木立の青々しさがまた、
木陰に吹く風と共に人々への清涼剤となってもいて。

 「こいのぼりの季節は終わったけれど、
  草餅や笹で包む草団子なんかは、今時分に合うのよねぇ。」

四季折々の料理だけじゃあなく、
そういった団子や甘味もまた器用にこさえる、
一膳飯屋“かざぐるま”の板前さん謹製、
ヨモギの練り込まれた草団子やらウグイス色の麩餅、
笹の葉でくるくる包まれた ちまき餅なども、
注文があればと作ってくれるものだから、
昼下がりのお茶受けが何かが楽しみでしょうがない
若女将だったりするのだが。

 「ルフィ親分は柏餅が好きなんだって?」
 「まあな。」

何も子供の日だけの喰いもんと決まってるもんじゃなし、
いつでも作るぜって言ってあるんでなと。
ナミと並んで卓につき、
小さな蹄で器用にも麩餅を三角に包む笹の葉を剥いている、
トナカイのお医者せんせえへ。
新しいお茶を淹れてやるついで、
ここをこう引くと手にくっつかないぞと教えてやれば、
意外な対処だったか
“おおおっ”とつぶらな瞳を見張ったのが愛らしい。
ふわふわもちもちと独特の食感のする生菓子に
小さなお口で挑むお医者様へ、

 「それでなくとも、
  端午の節句は親分の生まれた日だそうだからな。」

そのお祝いも兼ねてのこと、
おせち料理や花見弁当と同じく、
頼まれずとも毎年の“当たり前なもの”になってるしと付け足せば、

 「そか、こいのぼりと一緒に生まれたか。」

妙な納得の仕方をするせんせえなのへ、
いやいや そうじゃなくってと、
そちらはこしあんたっぷりの草餅を片手に、
ナミが説明をし始めた、ちょうど同じ頃合いのこと……





こちらもこの季節には相応しく、
目に鮮やかで爽やかな緑が満ちた空間の広がる、
ご城下からは やや外れた竹林の中。
ずんと高いところで重なり合う梢は、
陽を紗に織る天蓋のようになり、
この空間の青々とした高潔さを守っているかのよう。
風が吹くたび、それに撫でられてのこと、
さわさわざわざわというさざ波のような音が渡り。
まだまだ若い竹は幹ごと揺らされて、
梢がゆったりとたわんでは、
見えないはずの風の形を
葉の震えようで代替し、見せてくれているかのようで。
そんな中でも、いやさ…だからこそか、
いやに不規則に沸き立った、
ざざざん・ざんざかという木葉擦れの音や、
足元へ降り積もっている落ち葉を蹴立てる乱暴な足音は、
単なる突風の悪戯にしては大きすぎなそれ。
急な方向転換にと、幹を掴んで引いたりするため、
弾力の利いた若い竹ほど、ぐぐんとしなっては

 「おおっと、」

支えにしようと思ったに、
そのまま折れそうなほども曲がるので、
掴んだ人物を驚かしもしており。
地の利があるやら、それとも山勘が利くものか。
あまり手入れはされてないよな、結構深い竹林の中、
迷うことなく立ち止まりもせず、
どんどん進む人影が通り過ぎたすぐ後を、

 「待ちやがれっ!」

それはそれは伸びやかなお声とともに、
びゅびゅんっと風を切って飛んで来るのが、
いやいや伸びて来るのが、拳つきの長い長い腕…とくれば。
もうお解りでしょう、麦ワラの親分さんが、
見通しも悪けりゃ足元も悪いというに、
こちらもなかなかの粘り腰で、
町外れから此処までをたった一人で追って来たらしく。

 『あれ、何をするんだ。誰か泥棒だよっ!』

お城下周辺の山野へ向かう街道沿いの茶店から、
売り上げの金箱を
引っつかんで駆け出してった罰当たり。
年老いた店主のお婆さんの上げた金切り声を聞きつけ、
任せろと駆け出したのが、
実はこちらの茶店の団子の評判を聞き、
お運びになってた親分さんだったというワケで。

 「待てっ!」

枝打ちや間引きといった手入れをされてはないがため、
道らしい道もなければ、
素通しかと思ったところに密集した株があったりもするのが、
なかなかに厄介。
しかも親分さんの得意技が、

 「ゴムゴムの、ピストルっ!」

悪魔の実の能力で、
腕や足など、その身がゴムのように伸びるというもの。
つまりは、
勢いつけて真っ直ぐに飛ばすという種の攻撃ものが主なので、

 「おおっと。」

思わぬ位置に生えてた竹の節に防がれてしまったり、
逃げながら掴んでしならせた幹を、
ひょいと離しての楯代わり、
巧妙に利用して逃げ回る相手なものだから。
紙一重で躱されてばかりいて、なかなか捕まらぬ。
こんの野郎〜〜〜っと歯咬みしながら追っていた親分だったが、

  ―― しゃりん・ざんっ、と

不意な かまいたちでも翔っていったか、
いやに鋭い風鳴りの音がし、
その音を追うようにして、頭上から降って来たのが、

 「え………?」

結構な大きさで塊になった、竹の梢だったりし。
何しろ突然のことだったし、
見上げた視野の中、
不意に明るく天蓋が開いたところから、
変則的な形の笠のよに、
ばさばさばさっと黒々とした何かが落ちて来たとあって、

 「ぎゃあぁっ!」

得体の知れない化け物でも
舞い降りたんじゃなかろかと思ったか、
身動きが止まってしまったこそ泥へ向けて。
上からはその塊が、そして地上からは、

 「ゴムゴムの御用だっ!」

今度こそは逃がさんぞと、
渾身の投げ技が親分から飛んで来たため。
笹の葉にまみれたその上で、
ルフィ親分の両手がかりの大技を
ばちこ〜んっと受け、
昏倒してしまったこそ泥だったそうでございます。




     ◇◇◇



さて。
何とはなくお察しでしょう、その通り、

 「あ、坊さんだ。きぐーだなっ!」

茶店のお婆さんが、近所の番所へ駆け込んでくれていたようで。
竹林まで捕り方が何人か出張って来てくれたため、
くたりと萎えてた泥棒はそのまま彼らへ引き渡した親分さんへ、
お手柄でしたなとのお声を掛けた人があり。
頼もしい肉置きの腕を上げ、
まんじゅう笠を端をちょいと持ち上げて見せた、
雲水姿の御仁の登場へ、

 「そっか、さっき降って来た竹の先っぽは、
  ゾロが切り落としてくれたんだな?」

なかなかの逃げ足だったんで手を焼いてたから、
凄げぇ助かったぞと、
にっぱーと笑った親分さんの満面の笑みへ、

 「いやまあ、なんだ、その…。」

一気に挙動不審、もしも陽に灼けてなかったなら、
襟足とか真っ赤になったのが
夜目にあっても見分けられたろにと。
近所へ舞い降りて来たスズメらが、
ちゅんちゅん・ちゅくちゅくと囁き合ってたほどの、
微妙な純情ぶりを披露したこちらさん。
本当に僧籍があるかどうかも怪しいぼろんじ、
辻に立っての読経で御布施をいただき生計を立てている身の、
いつもは旅渡りの雲水と名乗っておいでの、ゾロというお坊様で。
どれほど水をくぐったやらという煤けたいで立ちをしているが、
よくよく見やれば屈強精悍な肢体をしておいで。
手にした錫杖が実は大太刀を仕込んだ得物になっており、
先程もまずは高々と宙へ飛び上がってから、
目にも止まらぬという早業の居合いで、
賊の進行方向へ上手く妨害の枝を落としてくださったのだが、
そこまでの妙技だったことまでは
親分さんにも届いていなかったらしくって。

 「切って弾き飛ばしたんか?
  何でも出来るんだな、凄げぇやvv」

僧侶としての何かしら
真言とか唱えてやらかした秘技みたいに思われてますが。

 “似たようなもんだ。”

そ、そっかなぁ…?(う〜ん)
この親分さんにかかれば、
何でも正解に塗り変わるほど豪快な現金さも相変わらず、

 「この辺りは親分の縄張りじゃあなかろうに、
  特別な見回りだったのかい?」

ご城下と一口に言っても結構広いし、
ここいらは随分と外苑よりの場末な区域。
妙な場所での捕り物だったねぇと訊いたれば、

 「いや、さっきのお婆さんとこの…。」

と言いかかり、だがだが、

 「ああ〜〜〜っ!!」

しまった、今の捕り物の事情聴取があるからと、
店主のお婆さんたら
捕り方と一緒に番所へ行ってしまったんじゃなかろうか。
それは美味しい草餅が評判だと聞いて、
それで伸して来たんだのにと。
見てすぐその胸中が判るほど
そりゃあ見事にも がくうっと肩を落とした親分さんだったのへ、

 「もしかしてこの団子かな?」
 「はにゃ?」

桧を薄く削いで紙のようにした経木で包まれてあったの、
ほれと鼻先へ差し出され、
木肌のいい匂いにほどよく馴染んだ団子の匂いに、
おおおおお〜〜〜っっと、
やや大仰に叫んだ親分さんだったのは言うまでもなくて。

 「凄げぇな、坊さんになると人の心も読めちまうのか?」

いやいや、この場合の関心の方向はそっちじゃないと思うのだがと、
冷静に見守りつつのツッこむ人もいないまま、
大きな眸をうるうるさせて、
喰ってもいいのか?なあなあとその目で訊かれたのへ、
はいなと頷いたお坊様。

 「ホントだったら、端午の節句に奢りたかったんですがね。」
 「はんほのへっく?」

何だったっけと小首を傾げ、ああとどんぐり眸を見開いた親分さん。

 「ほか、俺のフまれた日か。」

もむもむと団子を詰め込んだ口で言うものだから、
何だか妙な日になってるぞ、親分よ。(苦笑)
よく覚えてたなぁと目許をたわませ、微笑った親分さんの無邪気さへ、
ああこれを見られるだけで、ずんと心が休まると、
そちらさんも安んじての
穏やかなお顔になったお坊様だったのだけれども。

 「そうそう。
  端午の節句ってよ、
  家の大黒柱で背丈測って、
  毎年どんだけ伸びたかってのを見て喜ぶんだってな。」

 「え? …あ、ええ。そうだと聞いてますが。」

妙にあらたまったことを訊かれて、
ついつい口調があらたまったお坊様。
彼もまた、そういう習わしには
実のところ縁が薄かったので、
伝聞のような言い方になってしまったところ、

 「俺もサ、小さい頃には
  そやって測ってもらってた時期があったんだぜ?」

そんな一言が聞かれたので。

 「…………。」

今は身内がいなくての気楽な一人住まいという彼だが、
まさかに木の股から生まれはすまいから親御もあったことだろし、
岡っ引きなぞという重責を引き受けておいでなくらいだ、
その素性もきっぱりと明るいことだろが。
今の暮らしっぷりに親御や兄弟の陰は全く浮かばぬお人だ。
よって…もしかして亡くなった人の話かなと、
しんみりとした真面目な雰囲気の予感がし、
ついつい背条がぴんと伸びた坊様だったのだが、

 「爺ちゃんが目茶苦茶な奴でよ。
  竹の節目に背丈を刻んで、
  いいか此処を毎日手で叩けって言うんだ。
  竹だぞ竹。
  一日でどんだけ伸びると思ってんだか。」

 「はい?」

しんみりどころか、
ぷんぷくぷーと頬を膨らませて見せる、
いかにも子供じみた“お怒り”の様相。

 「………あの。」
 「んん?」
 「爺ちゃんっていうのは親分のお祖父さんのことだよなぁ?」
 「おお。今頃だと駿河辺りかな。お江戸に向かう船の上だ。」
 「はい?」

  今頃は海の上、ですと?

不機嫌だったのが、
あっと言う間に
にぃっこりとご機嫌そうに微笑っておいでなのは、
気に入りのお坊様が、
自分の家族や子供時代の話へ関心を持ってくれたから。
だがだが、
坊様の側の心情は、
微妙に方向が違っておいでだったのは言うまでもなく。


 『ああそうか、あんまり吹聴していいことじゃないから、
  よほど聞きほじられない限り、
  自分からは言ってないみたいなのよね。』

そうそう日を置かない後日、当地の女隠密さんを何とか取っ捕まえて、
その辺りを訊いてみたところ、
彼女には周知の事実か、けろりとした応じが帰って来。
そんなだったというのもまた、
お坊様には ひくり…と
口元が引きつった事実だったらしいが それはともかく。

 『で? 一体何で海の上なんだ。』

 『だから。
  ルフィ親分のお爺様っていうのは、
  戦国最後の猛将なんて言われた軍師で。
  特に船の陣を操っての戦術に長けてたんで、
  幕府の、河川や湾岸を仕切る奉行、“お船手組”ってのの指南役にって、
  特別にご指名されてて、ほぼ一年中、海の上においでなの。』

 『…戦国最後のって、どんだけ年寄りなんだ、それ。』

 『あら、当時は紅顔の美少年…は言い過ぎだけれど、
  随分とお若い身で活躍なさってたそうよ?
  だから余計に、中央がその才を欲しがってて、
  幕府直参って格好で引き抜けないなら、
  せめて出向して来てほしいって。』

確かお父様もご存命で、
世襲制となった腐った幕府に異存有りとかで行方を晦ましておいでで。
お兄様もいらして、そちらは大陸の方で修行の旅をお続けだとか。

 『叔父様もおいでだけれど、まだ訊きたい?』
 『…………もおいい。』

ゲップが出そうだと分厚い胸元押さえ、
お顔に縦線を降ろしたお坊様。
実はとんでもないおまけが山ほどな親分だったらしいと今頃知って、
何故だか微妙な心情になったらしいです。

 『いやぁねぇ、婿に入るとか嫁に貰うとかいう話でもあるまいにvv』
 『あ、あああ、そうだよな。気合い入る方向が違うよな、うん。』

そうと応じた割に、抑揚が単調で、目線が泳いでいたそうで。
さぁて、この先、どうなりますことなやら♪






    〜Fine〜  12.05.17.


  *ルフィ親分、実はてごわいPTAがいたらしいの巻。
   いつもの如く、お父さんがシャンクスとしてもよかったんですが、
   姿を現さない人でいいなら、
   ドラゴンさんでも支障はないかと思いまして。
   ゾロにとってはどっちが手ごわい舅なんでしょね?(笑)


めるふぉvv  感想はこちらvv

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